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泣き叫ぶ幼稚園児にかけるコトバを持っているか?

手紙を隠すなら状差しの中に。
といわれるように、幼稚園児が幼稚園内で泣き叫んでも誰も気にしない。
でもそこが、夕方6時過ぎの、平安通駅から小牧駅へと向かう名鉄小牧線となると、話は別であります。
 
 
「かえる〜かえる〜こいずみえきにかえる〜」
水色スモック姿の彼はしきりに泣き叫んでいました。
「かえる〜」はピョン吉のカエルではなく、「帰る」と思われます。
 
 
園児の隣りに立っているのは、ラフな格好をした30代半ばほどの男性、父親でしょうか。
男性はさきほどから「こいずみえきにはかえらない」となだめてはいますが、園児は聞く耳持たず、「かえる〜かえる〜こいずみえきにかえる〜」を繰り返しています。
 
ちなみにこの小牧線には、「こいずみえき」などという駅はありません。となると、彼が訴える「こいずみえき」とはいったいどこの駅なのだ?
 
 
 
「こいずみえきにかえる〜」のリフレインにときおり挟みこまれるのが「おばあちゃんちにかえる〜」というフレーズです。
それに対し男性は、「パパんちじゃダメなの?」と提案しますが、園児に泣き止む気配は一向にありません。パパんちじゃダメなようです。
 
 
 
プレミアムフライデーでもなんでもない平日の夕方、名古屋市内から小牧市方面へと向かう名鉄電車は、それほど混雑しているわけでもなく、それでも何人かは吊革を持っています。
 
耳は便利な器官です。興味津々に聴覚を集中させても顔をそちらの方向に向ける必要がありません。
多くがスマホや本を手にしながらも、おそらく先程からスマホの画面も本のページも同じところのままでしょう。
好奇心が指先の動きを止めています。
 
 
 
ねえキミ、幼稚園には電車で通っているの?
こいずみえきってどこにあるの?
隣の大人はパパなの?
おばあちゃんちとパパんちときて、キミんちはどこなの?
 
 
 
何にも増して気にかかるのが、二人の言葉が関西弁だということです。
ナチュラル関西弁 in Meitetsu Train.Here is Chubu,not Kansai.
 
 
 
ねえ、関西からこっちに来たの?
 
 
 
断片的な要素から様々な想像が生まれます。
たまたま乗り合わせた乗客には、残念ながら、答え合わせは用意されていません。謎を残したまま、それぞれがそれぞれの駅で降り、それぞれの目的地に向かうだけです。
 
 
 
他人に囲まれた電車という密室で、泣き叫ぶ子どもをなだめるために、どんなコトバをかけるのがベストなんだろう。
 
「こいずみえき」に帰れない明確な理由は、おそらく父親にはあるのでしょう。
でもそれを、他人の前で、事情の裏側を曖昧にしながら子どもにいい聞かせるなんてのは達人技です。
迷惑になるからと、マナーの面から説いてもそれは一時しのぎでしかありません。
ときにはウソも許されるでしょうが、こちらも先延ばしにしかなりません。
 
 
添付のブログによると、芸人は劇場で赤ん坊が泣いたときの対処法を、あたかもアドリブかのように用意しているらしい。
 
 
でも、今回のような場合は?
芸人でもなく、笑いの場でもなく、周りが他人だらけで関心を持っていないフリをしながらも興味津々の空気が漂っている場合は?
難しい。ホントに難しい。
 
 
男性と園児が降りる様子を見せています。自分が降りる駅のひとつ手前です。
電車が停まり扉が開きました。
ホームに降り立ちながら、園児が父親に尋ねました。
 
「ここ、こいずみえき?」
もちろん、こいずみ駅なんかではありません。
 
父親の答える声は、閉まる扉の向こうです。聞こえません。

オレたちにはオレたちのドラマがある!高齢者の叫びが聞こえる「やすらぎの郷」がヤバイ

出演者の平均年齢70歳から80歳ぐらいだし、登場人物ほとんどがタバコぱかぱか吸うし、立つか座るかの動きしかしないし、なんだか笑っちゃうニックネームで呼び合うし、現実社会で離婚したふたりがハグしあうし、あああの人のこと言ってんのかなというヤバイセリフがバンバン出てくるし、この物語はいったいどこへ向かおうとしているのかぜんぜん見えてこないけれど、じわりじわり憑き物にとりつかれたように見続けている。
 
老人ホームが舞台でゴールデンタイムならぬシルバータイムドラマとかいう昼帯で絶対見ないであろうタイプのドラマなんだけど、脚本が倉本聰だから録画し始めたらハマりました。
 
 
大体においてドラマってのは、数回見ればどこへ向かうのかが見えてくるのにこのドラマはまったく行き先不明。
主人公の達成したい目標も挫折も葛藤も障害も戦いもな~んもなく、感情移入ひとつできないまま進む、ただ単なる老人ホームでの会話劇。
そんなフレームを見事に外れているのに、ああ、それなのに(役者がスゴイのか〜八千草薫カワイイ)ドキドキする。
 
 
パッと見、新しさの欠片は全然ないけれど、こんなドラマ見たことない。ターゲットを明確に絞り、ある年代の人たちに、それってあの人のあの事件こと?とか現実を思い起こさせたりする手法を交えたり、堂々とタバコを吸える環境を与えたり、老人コミュニティの悲喜を垣間見せたりと、テーマと語り口に新しいドラマの可能性のような、そんな気配も感じたりもします。
 
オレたちにはオレたちのドラマがある!という、今まで無視されていた高齢者の叫びが聞こえるようで、そう、確実にもう日本は高齢者の国であることに改めて気づかされて、ドキッとするけど、そんなドラマに惹かれている自分は、イヤだ、もうそっち側なのか?

 

やすらぎの郷(上) 第1話~第45話

やすらぎの郷(上) 第1話~第45話

 
やすらぎの郷 中 第46話~第90話

やすらぎの郷 中 第46話~第90話

 

 

著作権フリー!WEB時代のネーミングはこれだ!

3月30日名古屋市港区に、
「Maker’s Pier メイカーズピア」がオープンしました。
 
レゴランド」よりこっちのほうが気になりますが、まだ行っていません。
 
どんな店が並んでいるのかとサイトを覗いてみたら「teniteo shop」なるものがありました。子育て情報誌&サイトのアンテナショップで、名古屋の会社のようです。
社名、というかサービス名の「teniteo テニテオ」
 
なるほど。おそらく就学前の子どもと「手に手を」取って、からのネーミングなんでしょうね。
 
 
 
大阪の万博公園に「ニフレル」という水族館があります。「生きているミュージアム」をコンセプトしたもので、はじめの頃は名前が思い出せなくて「アレ、アレだよアレなんだっけ」状態でしたが、後に詳しいコンセプトを知ったら、なるほど〜と、しっかりと名前が刻み込まれました。
 
 
「ニフレル」って、「◯◯に触れる」からきてるんですね。
「◯◯」の部分には好きなものを当てはめることができて、あら便利で心地よい。
 
 
 
地名や創業者名を冠したり、ちょっと響きのいい英単語を探してきて、または組み合わせて造語にしての社名やサービス名が多いなか、最近ではコンセプトに基づく体感、気持ち、行動を主役にしたネーミングが増えてきたような気がします。
 
 
思いつくところでは、
 
 
楽したい楽だなぁで→ラクスル(印刷)

https://raksul.com/

明日来るから→アスクル(オフィス用品)
運べるから→ハコベル(運送・配送)
頼めるから→たのめ〜る(オフィス用品)
書くのと読むので→カクヨム(小説投稿サイト)
民泊オーナーの手続きをする→とまれる株式会社TOMARERU
得意なことを売り買いできて→ココナラ
伝統茶のブランド→tabelタベル
やりたいことを仲間を募って実現させる→ココカラ
本の試し読み→ヨンデミル
イデアを実現したい。クラウドファンディング→「Makuake(マクアケ)」
 
 
 
「今日頼めば明日来るみたいなサービスがいいよな」「ここなら安心と思ってもらえるようなサービスにしたいな」と、気軽な会話のなかでつぶやいたひと言を見逃さず(聞き逃さず)それもらった!と社名やサービス名にしたんでしょうか。
 
 
 
ウエブ時代に生まれた、どちらかというと「モノ」よりも「コト」の提供を主としている会社やサービスは、こんなネーミングの傾向が強いような気がします。
利用者の課題や問題を解決したいという気持ちに寄り添うと、一見なにを扱っているのか分からないカッコつけただけの社名よりも、自然と「共感系」に向かうのかもしれません。
 
 
 
そこで、(既にあるかもしれませんが)
これから生み出すならば、ということで新しいサービス名を考えてみました。
 
 
スマホ時代のスマホに特化した映像サービス→「タテナガ(縦長)」
 
文書が苦手な人のための添削サービス→「テニヲハ(てにおは)」
 
高齢者の買い物代行→「オツカイ」
 
空き家の管理サービス→「カゼトオシ」
 
リア充の投稿だけ非表示にしてくれる→「ウンザリ」
 
恋人なんかいなくたって平気→「メンドウ(面倒くさいのメンドウと、よろしければ紹介しますよ面倒見ますよのメンドウの、ダブルミーニング)」
 
うちの会社にはプレミアムフライデーなんかありゃしない→「カッテニヤッテロ」
 
自分が撮った写真をカッコよく加工して欲しい→「オスダケ」
 
 
 
そして、なんといってもお薦めは、
 
直接言わなくても意を汲んで替わって事を進めてくれるサービス
→「ソンタク(忖度)」

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ぜひ使いたいという方はご一報を。

 

ネーミング全史 商品名が主役に躍り出た

ネーミング全史 商品名が主役に躍り出た

 

 

 

人工知能との正しい付き合い方「忖度力を身に着けよう」

例えばCM制作の現場で。
 
「いや、別にそうしろって言ってるわけじゃなくひとつの情報としてね」という前置きのあと、「社長はビートルズが好きなんだよね」と、広報担当者や代理店の営業さんが口にすることがあります。
 
そうなると、BGMの選曲にビートルズ風が加わることになります。ぜんぜんマッチしていないにも関わらず。
 
 
他にも、「社長は◯◯集めが趣味でさ」「最近孫が生まれてね」という情報がもたらされると、誰かが言い出します。「一案、◯◯や赤ん坊が登場する企画を考えてね」と。
 
 
で、ふと気づきました。
これって、今流行りの「忖度(そんたく)」ってやつ?
 
 
「忖度」なんてコトバを知らなかった時は、
まったくもー、ホントに社長それ望んでんの?と、ブツブツ言ったりもしていたのですが、「忖度」というコトバを知ると、ま、仕方ないわな、と妙に納得してしまうから不思議なものです。
 
 
 
ネットニュース編集者でライターの中川淳一郎氏が書いています。
<仕事とは、
好きでも何でもないオッサンの出世と名誉と富のために自分の時間を差し出し、働くことが求められる。
仕事とは、より偉い人(上司・クライアントなど)から怒られない配慮によって回っている。 
一番下っ端は自分よりも偉い人がその上の人に怒られないように配慮することを積み重ねていくこと>

 

 

凡人のための仕事プレイ事始め

凡人のための仕事プレイ事始め

 

 

 

 
どうする?前例ないしな。でも◯◯と親しい人なんだろ。直接言われてないけど規則通りだと顔潰すかな。あとで怒られると嫌だし。法的には問題なさそうだからハンコ押すか。
 
 
今回「忖度」があったかどうかは知りません。
 
でも、「仕事」はきちんとしていたようです。
 
 
 
どういう基準を複合的に満たせば審査をクリアするか、という明確なラインがあるものに対しては、人工知能は完璧に冷静に判断することでしょう。
でも、その案件の背景に、誰、地位、コネクション、名前など「忖度」的なものが隠れている場合、人工知能には判断なんかできやしない。
 
「忖度」的データをプログラミングする場合にも、なにを入れ込むかという段階で「忖度」的なものが働いて、もうそうなったら「忖度スパイラル」です。
 
この「仕事」は人間にしかできません。それも日本人だけかもしれません。
 
 
 
 
証人喚問が終わった後の、外国人特派員協会の記者会見で、通訳は「忖度」をどう訳すかを苦労していました。
 
 
He hinted at “powers at work behind the scenes” (舞台裏の力を匂わせた)
 

 

なんて伝えています。
 
 
日本の労働人口のおよそ49%が人工知能やロボットに代替可能になるとか言われていますが、だったら今身につけておけなくてはいけない力は、「忖度力」なのかもしれません。
 
「忖度力」は、自らが動かなくとも思うがままに周りを動かすことができる、そう、テレパシーやサイコキネシスみたいな超能力のようなものですから、人工知能にもロボットにも真似出来ない、無敵な力です。
 
 
 
「社長、やっぱ、BGMはビートルズ風で決まりですね!」
なーんてロボットが言ったら気持ち悪い。
 

 

 

人工知能の核心 (NHK出版新書)

人工知能の核心 (NHK出版新書)

 

 

『行って帰る』場所はやっぱり地元なのか?

何名(何組)かの、いわゆる素人さんに出演していただくCMの撮影が2日間ほどありました。ある商品(サービス)があることで、地域に暮らす人たちがイキイキとつながり合っている、というもので、老若男女いろいろな職業、いろいろな立場の方々に、一言二言づつ語っていただきました。
 
こういう撮影の場合、人集めが大変です。
あらゆるコネクションを総動員し、性別年齢職業などが偏らないよう段取りしなくてはいけません。
準備期間も10日間ほどしかなく、しかも、限られた2日間の撮影日のなかで、効率的にスケジューリングする必要もあります。
 
それを見事にやってのけた女性がいました。
 
今は名古屋に住む彼女の地元は、三重県桑名市多度町
地元での交遊関係、信頼関係、地域つながりをフル動員し、町内で数シチュエーションを設定してくれたのです。
彼女がアテンドしてくれたどの現場でも、皆さん面倒な顔ひとつせず、我々クルーを笑顔で出迎えてくれました。
その様子だけで、彼女がどんな地元生活を送ってきたかが想像できます。
地元を愛しているだけでなく、地元からもきっと深く愛されていたんだろうなということがわかります。
 
しかも彼女は、今回のCMを制作するプロダクションの社員ではなく、ひょんなことから頼まれて関わってしまったという立場に過ぎなく、それなのに、ああ、それなのに、スバラシイ。
 
 
彼女は言っていました。
 
<私は多度が大好きで、ずっと、いつか自分にできる範囲で、感謝を多度に還元していきたいと思っていたのですが、最近毎日がバタバタで、そんなことを思っていたことさえ忘れかけていました。今回はその気持を改めて思い出すきっかけになり、大げさですが、生きていくエネルギーを思い出しました。>と。
 
 
 
 
 
世にある多くの物語の基本構造のひとつに、『行って帰る』というのがあります。
<ある場所・ある拠り所から旅立ち、なにかを経験し成長し、再び元の場所・拠り所に帰ってくる>という『行って帰る』構造が、複雑にアレンジを加えながら多くの映画や物語の軸となっています。
スターウォーズ」だって「千と千尋」だって「ローマの休日」だって、基本は『行って帰る』です。
 
 
どうして帰ってくるの?
「行った」ならばそのままずっと行った先にいればいいのに。
 
とはならず、
 
主人公たちの多くは、元の場所や拠り所や人のもとに帰ってくることを目指します。
すぐには帰ってこれなくとも、<帰るべきところ>への思いが心の支えとなっています。
 
 
「帰ってくる」のは、
やはりそこが居心地の良い場所だからなのか。
自分自身のアイデンティティを見いだせる場所だからなのか。
 
 
彼女の言う<感謝の還元>や<生きていくエネルギー>というコトバを聞いて、『行って帰る』構造は、単なるストーリーテリング上の技術ではなく、不変の真理から生まれたんだなと思った次第です。
 

 

「山田孝之のカンヌ映画祭」の芦田愛菜ちゃんに習う正しいアウトプット法

カンヌ映画祭で賞を獲りたい。そのためにはどうすればいいのか。
 
俳優山田孝之の、そんな思いをドキュメント(?orドラマ)で追いかけている「山田孝之のカンヌ映画祭」が、テレビ愛知の深夜枠で放送されています。
 
 
賞を獲るため依頼された監督が山下敦弘、主演女優は芦田愛菜(なんと、殺人鬼で、親殺しまで)という布陣で映画制作を進めていく、なんとも不可思議なドキュメント(ドラマ)です。
 
 
テレビ東京での放送は1月から始まっていますが、地元名古屋・テレビ愛知では2ヶ月遅れ。本日3/16深夜が3回目の放送です。
このオンエア格差がときに発見をもたらしてくれるから面白いものです。
1月に観ていたらなんとも思わなかったであろうことに、3月に観たことで感じてしまったのです。
 
 
 
2回目の放送で、山田孝之山下敦弘芦田愛菜の3人は、カンヌの傾向と対策を学ぶため、日本映画大学で映画祭に関する講義を受けます。
時間軸で物語を進行させているドキュメント(ドラマ)だからか、テロップで【2016年6月28日】という表示がありました。
 
 
引っかかったのはその受講の仕方。大人の二人と芦田愛菜ちゃんとではまったく異なるのです。

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山田孝之山下敦弘ら大人は、プロジェクターに投影される文字や図をスマホで撮影し記録します。
 

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一方、芦田愛菜ちゃんはいえば、鉛筆を使い、しっかりとノートに手書きで写しています。しかも、大切だと思われるポイントを(一本のペンで何色か色分けできる)色鉛筆でマークしたりしているのです。
 

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2月。
芦田愛菜ちゃんが超難関私立中学に合格したというニュースがありました。
女優業との両立で、スゲえ、と騒がれました。
 
 
1月。
の段階では、芦田愛菜ちゃんの合格はまだ分からずニュースも報道されていません。
 
 
そして3月。
スマホと手書きの対比映像を観て、2月のニュースを思い出しました。
 
 
 
愛菜ちゃんが手書きだったから難関私立に合格できた、というわけではもちろんありません。小学生の多くは手書きでしょうから、愛菜ちゃんだけが特別ではありません。
 
でも、どうでしょう。
大人は指先ひとつのスマホで記録し、子どもは目で見た情報を脳を通過させ手に伝え記録する。
という、共通の事柄に対する接し方を並べて見ると、なんだか妙に納得して、そのあとちょっと考えたりもします。
 
 
 
 
毎日いろいろな情報がネットやテレビやなんやらから溢れ出ています。気になるネタがいっぱいです。
ネット上の情報はそのままコピペかクリップで、本を読んで気になったところは書き写して(打ち直して)、ともにデジタル情報としてEvernoteやPocketに保存しています。
折を見て読み返したりもするのですが、次々と新しい情報が加わって、確実にインプット超過の情報不均衡状態です。
 
 
アウトプットというと、仕事や個人的な作品で表に出すことなんでしょうが、そうそうアウトプットの機会もありません。
せいぜいこうやってFacebookやBlogで、「長いよ」と言われながらも長文で吐き出すぐらいです。
 
 
でも、芦田愛菜ちゃんを見ていて、ふと思いました。
かつてはインプットとアウトプットを同時にやってたじゃないかと。
 
 
 
何か得るものがあって、それを忘れないようにノートに手書きで書く行為は、見た目はインプットですが、脳の中を通過するときに自分なりの考えや疑問が加わるため、手が動いている時にはアウトプットになっているんじゃないか、ということです。
 
 
スマホで指先ひとつでインプットできちゃう今、その情報は本当に「イン」されてるのかな。
ただ単に情報の場所を移動させただけじゃないのかな。
 
 
だからこれからも、皆に「長いよ〜」と言われようともめげることなく、長文で吐き出すますよ。ごめんなさい。

 

図解すごいメモ。

図解すごいメモ。

 

 

仕事のスピード・質が劇的に上がる すごいメモ。

仕事のスピード・質が劇的に上がる すごいメモ。

 

 

超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方

超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方

 

 

人工知能との正しい付き合い方〜「出川哲朗を見習おう」

何食べる?と聞かれた。
「僕はうなぎ」と答えた。
 
とか、
 
「こんにゃくは太らない。」だから安心です。

とか、
 
日本人同士で普段通じ合っているこんな文章のことを、「うなぎ文」「こんにゃく文」というそうです。
 
 
最近精度がぐんと高まったと噂の、Google翻訳に闘いを挑んでみました。
 
すると、
 
「I am an eel」「Konnyaku does not get fat」と出ました。
 

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正直というか融通がきかないというか空気が読めないというか。
 
人工知能さん<略称:AI(エー・アイ)>さんは、省略された「注文します」「食べます」を読み取ってくれず、「AはBだ」を、そのまま「A is(=) B」と訳しやがった。ダメだね。
 
 
 
単語ごとの対訳から、ニューラルネットワークを活用した文脈把握に進化したとはいうものの、Google翻訳にとって「うなぎ文」「こんにゃく文」のハードルはまだまだ高そうです。
 
だからしばらく翻訳に当たっては、省略した主語述語を加えた、正しく訳してくれるであろう日本語文章をこちらから用意して上げる必要がありそうです。
 
 
 
こうした使い手からの歩み寄りを繰り返していくことで、クラウドデータがどんどんと収集分析され、AIさんは、<日本語の場合、何かを欲するときの「AはBだ」の中には、欲しい、食べる、注文する、選ぶなどの述語が隠されてるぞ>と学習し、正しい訳へと近づけていくのでしょう。
 
 
 
 
 
しかし!しかしですね、精度向上のために日本語入力の段階から歩み寄ってね、としても、そんなの関係ない!と強引に知っている単語のみでイングリッシュしちゃう人もいます。
 
 
その名は、出川哲朗さん。
 
 
『イッテQ』の「出川イングリッシュ」は、AIによる機械翻訳とは180度異なる路線での進化を遂げています。
 
 
空母を、スカイママ
国際連合本部を、ワールドホームセンター
(アルカトラズ)刑務所を、メニメニバッドマンスリーピングハウ
ホテルで部屋を予約する時は、ワンルームキーカモン
 
 
 
出川イングリッシュは、自動翻訳がまだ単語ベースで個別に訳していたAI黎明期以前のイングリッシュで、熟語であろうとなんであろうと(知ってる)単語に分解したり見た目の印象で表したりと、目茶苦茶です。
 
 
 
しかし!しかしですね。
 
 
テレビのこっち側で「バッカだなぁ」と笑っているうちに、出川イングリッシュは次第に通じていってミッションをクリアしていくんです。
 
最初は腹をよじって大笑いしていても、ふと気付いちゃうんです。あのようなコミュニケーションができない自分の愚かさにドキッとしちゃうんです。
 
 
 
こっち側ができなくて、出川哲朗ができること。
 
 
それは、恥を恐れず、しっかりと相手の目を見て堂々と教えてほしいという気持ちを全面に出して大きな声で話す、ということ。
 
文法間違ってたら発音違ってたら、そんな自信のなさからときおり目を伏せ小さな声で話す今までの自分の情けなさが、嫌になってきて落ち込みます。
 
 
 
この先、AIがどんどんと進化し、特定のことだけできる特化型AIだけでなく、人間のすること殆どができる汎用型AIが現れてくると、人間自身が何かをやる、てことが少なくなるでしょう。
 
 
AIは、ロボットは、失敗しません。
 
人間の代わりを、AIが、ロボットがしてくれるであろう近い将来、人間は「恥」をかく機会も少なくなっているかもしれません。
今だって恥かきたくないから、いろいろと繕ったりごまかしたりしているわけですから、「それはそれはありがたいね〜助かるね〜」
 
 
で、ホントにいいのかな、と。
 
 
 
 
 
 
出川哲朗出川哲朗にしかできません。
多くの人は真似ができません。やりません、じゃなくって、できません。
 
 
笑っちゃてるけど、あれはスゴイと思う。才能です。
 
恥をかくことを恐れる自分は、百歩譲って今からめちゃくちゃ努力すればオリンピック出場の可能性はゼロではないかもしれず、でも、でも、出川哲朗になれる可能性はゼロどころかマイナスであることを、自分自身が一番よく分かっています。
 
 
恥なんかなんのその、果敢に挑戦して失敗して笑いに転化させてくれる人たち。
 
【AIに勝つ】人間のなかに、出川哲朗さんをはじめとするリアクション芸人の方々は必ずいると思うのです。
 
身体を張って「人間」を楽しませてくれる、
自分をさらけ出して「人間」を勇気づけてくれる、
自分を題材にして可能性を見せてくれる。
 
 
そんな人たちこそ、AI時代に生き残っていける人間、では?
 
その予測を自分に当てはめてみると、こりゃヤバイな、と思う、今日このごろです。

 

 

未来を味方にする技術 ~これからのビジネスを創るITの基礎の基礎

未来を味方にする技術 ~これからのビジネスを創るITの基礎の基礎

 

 

人生は「劇場」だということに改めて気づかされました。又吉直樹「劇場」を読んで

演劇人が主人公だから「劇場」というタイトルだと思っていたけれど、いやいやそんな単純なものではなかった。
 
「第2図書係補佐」「東京百景」「火花」「夜を乗り越える」とずっと読んできて、さっそく「劇場」を。
一気読みの凄まじさ。えぐられました。

 

新潮 2017年 04月号

新潮 2017年 04月号

 

 

誰にでも自意識ってのはあって、それが度が過ぎることを自意識過剰というけど、過剰とまではいかなくても、自分にはそれがあることを意識せざるを得ない時があります。
 
演出家ディレクターとして仕事の場に立つときです。
 
いま、自分は、演出家を演じている、と、ふと冷静に客観的に自分自身を見つめてしまうのです。
 
 
演出という立場にとっての「劇場」のうえで、(内心焦っていても)ひらりと交わして動じない風に、(どっちでもいいんじゃないってことにも)こだわっている風に、(絶対このカット使わないカットにも)のめり込んでいる風に、演出家を演じている自分にときおりゾクッとする瞬間が訪れるのです。
 
だから、人生を、恋愛を、「劇場」化しているのではと思われる主人公に、友だちに絶対なれないけれど、親しみを抱いてしまいました。
 
 
さりげない情景描写、例えばほんの一例、
 
【僕はポケットに手を入れて歩く。手を出していると、手にどんな形をさせていればいいのかわからなくなるから】
 

 

なんてのは、普段そんなこと考えもしないけれど、なぜか「わかる」。痛いところを突かれた感が大きい。
そんな描写が散りばめられています。
 
 
ふとした瞬間に、いま自分って「劇場」に立っているのかもという自意識を感じてしまったことのある「あなた」、読んでみましょう。
 
この人はホンモノです。

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

 
東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

 

 

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 自意識過剰小説といえばこちらも

 自意識過剰者にとって生きるってことは「劇場」や「舞台」の上にいる感覚なのかも

舞台 (講談社文庫)

舞台 (講談社文庫)

 

 

橋がぐらんぐらん揺れ出す前にすることがある

ずっと気になっていた雑誌があります。中国で発行されている、日本を紹介する「知日」という雑誌で、2011年の創刊から最新まで40号ほど続いています。

 

知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!

知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!

 

 

中国では600円ほどなのに、Amazonでは一冊2000円から3000円ぐらいします。しかも、というか当然中国語だから読めないやと諦めていたけど、日本語によるダイジェスト版がありました。
 
 
今までどんな日本が、特集として組まれていたのか。
 
ダイジェスト版(2011〜2014)に収められているのは、
奈良美智「制服」「猫」「鉄道」「明治維新」「妖怪」「森ガール」「断捨離」「暴走」「漫画が超好き!」推理小説「料理の魂」「日本人に礼儀を学ぶ」「雑貨」「手帳最高」などで、以降も「山口組」「喫茶店」「アイドル」是枝裕和などが特集された号もあり、多彩でかなり興味深いです。

 

知日?制服uniforms

知日?制服uniforms

 

 

知日・奈良美智

知日・奈良美智

 

 

知日  30?怪談

知日 30?怪談

 

 

 
 
中国には5年ほど前に一度行ったことがあります。北京や上海という都会ではなく、広州郊外の街だったけれど、それでも人口は名古屋と同じぐらいで、さすが13億人が住む国はハンパないです。
 
 
 
あれから5年、なんだか最近とても中国が気になります。
 
 
「知日」のまえがきで、神戸国際大学教授の毛丹青氏が書いています。
 
『知日を縦に並べると、智という漢字になります。中国の若者たちが、日本人の暮らしぶりを通じてその思想を知ることは、政治や経済だけでは絶対に得られない、大きな智慧をもたらすはずだ』
 
『日本をもっと知りたいという中国の若者がいる一方で、「中国文化なんて興味ない」という日本の若者もいる。この差は、5年10年を経た時、やがて大きな「知の格差」をもたらす可能性があります』
 
 
 
編集長の蘇静氏は、
 
『中国では、日本の事物を見て、なにかといえば「源は中国だ」と言い、そこから先、思考停止している人は少なくない。でも、よく考察すれば、中国から日本に到着した事物は、そこで変化を遂げて、独自の優れたものに進歩している』
 
『相手のことをよく「知」れば、人には自然とリスペクトする態度が生まれ、過激な行動には走らなくなる。そういう意味で「知る」プラットフォームを作り、育てていくことは、意義あることと思っています』

 

 
だから、反日でも親日でもなく、「知日」なんでしょうね。
 
 
 
 
日本のテレビや雑誌では、<日本って素晴らしい自画自賛系>が増えていて、外国人が「ニッポンクール!」とか言っていて、素直に嬉しくなっちゃうけれど、あまりに過剰に褒められすぎると、それはそれでホントかよ無理やり言わせてんなぁが見え隠れしてきて、あとで手痛いしっぺ返しがあるかもと逆に不安になってきたりもします。(とはいうもののそういう番組、結構好きで見ている)
 
 
オリンピックまではこうした傾向が続くだろうけれど、内に向かってばかりで外を知る機会がないと、懸命に外を知ろうとしている他の国々に簡単に追い抜かれちゃったりもするんだろうな。
てか、もう追い抜かれているのかも。
 
 
追いつけ追い越せは、順繰りなのかもしれません。
若い頃は、「POPEYE」や「Hot Dog Press」の影響で、アメリカ文化や音楽や映画にどっぷりで、日本のことを振り返ることもしていませんでした。むしろ、ダサいとあえて毛嫌いしていたところもあったような気もします。
 
 
 
でも年齢を重ねると不思議なもので、昔から継承されている伝統系や立ち居振る舞いや儀式的なことがとてもステキに思えるようになってきています。
これは単に年齢によるものなのか、それとも日本全体が内に向かっているためなのか、よく分かりません。
 
 
隣の、どっちかというと日本に対してよく思っていないという情報しか届かない国の、特に若者が「日本を知る〜知日」に向かっているのは、とても嬉しく感じるけれど、それに対して「どうだいいだろ」「教えてやるぞ」「よく学べよ」なんていつまでもアジアの先頭を走っている気であぐらをかいていると、この先、日本こそ「源は日本だ」と思考停止しちゃって先を見なくなってしまうのではと、冷静さも必要だなと思ったりします。
 
 
日本語で言う「愛国心」は、英語では「ナショナリズム」と「パトリオティズム」の2つがあるようです。
その違いがよく分からなく、辞書などで調べてみました。
 
ナショナリズム」は、政治体制や国家、民族など国が対象で、
パトリオティズム」は、その対象は共同体や郷土に焦点が当たっているようです。
 
なんだかわかったようなわからないような。
 
 
 
足並みを揃えて行進する軍隊は、橋を渡る時、リーダーの号令のもと一旦制止し、みんなバラバラに歩き出すそうです。
大勢が同じリズムで橋を渡ると、共振して橋がぐらんぐらん揺れだし、危険だからです。
 
 
最近話題の幼稚園の、モザイクかかった園児の歌や宣誓を見ていて、そんなことを思い出しました。あのまま歩き出すと、ただでさえ不安定な「橋」は、ぐらんぐらん揺れだしてしまうぞと。
 
 
 
「知日」は中国で10万部発行されています。
一方、反日デモには7万人集まるそうです。「知る」方が多いですね。
 
 
中国に詳しいジャーナリストの中島恵さんの文章にこんなのがあります。
 

『日本に来ることはタイムマシンで未来に来ること。未来で見聞きし体験したことを現在の自国に持ち帰って自国の発展に役立てる』

『かつて日本がアメリカのドラマや映画やや音楽や文学に憧れ、いつか追いつけ追い越せと努力したように、いつか中国は簡単に日本を追い抜いていくことでしょう。』

 

 

中国人の誤解 日本人の誤解 (日経プレミアシリーズ)
 

 

 

中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)

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愚か者、中国をゆく (光文社新書)

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謝々(シエシエ)!チャイニーズ (文春文庫)

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