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地元のために何かしたい人と地元を捨てた人

これからどうしよう?
何名(何組)かの、いわゆる素人さんに出演していただくCMの撮影が2日間ほどありました。
ある商品(サービス)があることで、地域に暮らす人たちがイキイキとつながり合っている、というもので、バリエーション豊かな老若男女の方々のご協力をいただきました。
 
 
こういう撮影の場合、人集めが大変です。
あらゆるコネクションを総動員し、性別年齢職業などが偏らないように分散させなくてはなりません。
 
準備期間も10日間ほどしかなく、しかも、限られた2日間の撮影日のなかで、効率的にスケジューリングする必要もあります。
 
 
それを見事にやってのけた女性がいました。
 
 
今は名古屋に住む彼女の地元は、三重県にある小さな町。
地元での交遊関係、信頼関係、地域つながりをフル動員し、町内で数シチュエーションを設定してくれたのです。
 
彼女がアテンドしてくれたどの現場に行っても、皆さん面倒な顔ひとつせず、我々クルーを笑顔で出迎えてくれました。
その様子だけで、彼女がどんな地元生活を送ってきたかが想像できます。
地元を愛しているだけでなく、地元からもきっと深く愛されていたんだろうなということがわかります。
 
 
 
自分の地元(いま住んでいる所ではなく、生まれた所、という意味での)は、名古屋市にある、かつての遊郭街で、小学校への通学路のそこらに(当時は)トルコと呼ばれたお店が立ち並んでいました。
 
学校に行く途中、店先で水をまいているお姉さんたちに「ぼくぅ〜かわいいねぇ〜」と声をかけられたり、学校を休んだ友達んちに先生からの連絡を届けに行くと、いかついあんちゃんたちが「おう、ご苦労さん」と受け取ってくれたりと、幼心に、いったいこの町はなんだ!と訝しんだ記憶があります。
 
 
中学、高校と進むにつれ、疑問は不審、不審は拒絶や嫌悪へと次第に形を変えていき、町との間にバリアが生まれました。
 
 
結婚をしてこの町を出てからは、日帰りで実家に顔を出す程度の訪問で、用事が済んだらそそくさと町を離れます。必要のない限り、この町に長居はしません。故郷を捨てたともいえます。
 
 
だから、彼女のような地元愛には、とても羨ましさを感じてしまうのです。
 
彼女は言っていました。
 

私は◯◯(地元)が大好きで、ずっと、いつか自分にできる範囲で、感謝を◯◯に還元していきたいと思っていたのですが、最近毎日がバタバタで、そんなことを思っていたことさえ忘れかけていました。今回はその気持ちを改めて思い出すきっかけになり、大げさですが、生きていくエネルギーを思い出しました。

 

「山田孝之のカンヌ映画祭」の芦田愛菜ちゃんに習う正しいアウトプット法

これからどうしよう? テレビから考えてみる
カンヌ映画祭で賞を獲りたい。そのためにはどうすればいいのか。
 
俳優山田孝之の、そんな思いをドキュメント(?orドラマ)で追いかけている「山田孝之のカンヌ映画祭」が、テレビ愛知の深夜枠で放送されています。
 
 
賞を獲るため依頼された監督が山下敦弘、主演女優は芦田愛菜(なんと、殺人鬼で、親殺しまで)という布陣で映画制作を進めていく、なんとも不可思議なドキュメント(ドラマ)です。
 
 
テレビ東京での放送は1月から始まっていますが、地元名古屋・テレビ愛知では2ヶ月遅れ。本日3/16深夜が3回目の放送です。
このオンエア格差がときに発見をもたらしてくれるから面白いものです。
1月に観ていたらなんとも思わなかったであろうことに、3月に観たことで感じてしまったのです。
 
 
 
2回目の放送で、山田孝之山下敦弘芦田愛菜の3人は、カンヌの傾向と対策を学ぶため、日本映画大学で映画祭に関する講義を受けます。
時間軸で物語を進行させているドキュメント(ドラマ)だからか、テロップで【2016年6月28日】という表示がありました。
 
 
引っかかったのはその受講の仕方。大人の二人と芦田愛菜ちゃんとではまったく異なるのです。

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山田孝之山下敦弘ら大人は、プロジェクターに投影される文字や図をスマホで撮影し記録します。
 

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一方、芦田愛菜ちゃんはいえば、鉛筆を使い、しっかりとノートに手書きで写しています。しかも、大切だと思われるポイントを(一本のペンで何色か色分けできる)色鉛筆でマークしたりしているのです。
 

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2月。
芦田愛菜ちゃんが超難関私立中学に合格したというニュースがありました。
女優業との両立で、スゲえ、と騒がれました。
 
 
1月。
の段階では、芦田愛菜ちゃんの合格はまだ分からずニュースも報道されていません。
 
 
そして3月。
スマホと手書きの対比映像を観て、2月のニュースを思い出しました。
 
 
 
愛菜ちゃんが手書きだったから難関私立に合格できた、というわけではもちろんありません。小学生の多くは手書きでしょうから、愛菜ちゃんだけが特別ではありません。
 
でも、どうでしょう。
大人は指先ひとつのスマホで記録し、子どもは目で見た情報を脳を通過させ手に伝え記録する。
という、共通の事柄に対する接し方を並べて見ると、なんだか妙に納得して、そのあとちょっと考えたりもします。
 
 
 
 
毎日いろいろな情報がネットやテレビやなんやらから溢れ出ています。気になるネタがいっぱいです。
ネット上の情報はそのままコピペかクリップで、本を読んで気になったところは書き写して(打ち直して)、ともにデジタル情報としてEvernoteやPocketに保存しています。
折を見て読み返したりもするのですが、次々と新しい情報が加わって、確実にインプット超過の情報不均衡状態です。
 
 
アウトプットというと、仕事や個人的な作品で表に出すことなんでしょうが、そうそうアウトプットの機会もありません。
せいぜいこうやってFacebookやBlogで、「長いよ」と言われながらも長文で吐き出すぐらいです。
 
 
でも、芦田愛菜ちゃんを見ていて、ふと思いました。
かつてはインプットとアウトプットを同時にやってたじゃないかと。
 
 
 
何か得るものがあって、それを忘れないようにノートに手書きで書く行為は、見た目はインプットですが、脳の中を通過するときに自分なりの考えや疑問が加わるため、手が動いている時にはアウトプットになっているんじゃないか、ということです。
 
 
スマホで指先ひとつでインプットできちゃう今、その情報は本当に「イン」されてるのかな。
ただ単に情報の場所を移動させただけじゃないのかな。
 
 
だからこれからも、皆に「長いよ〜」と言われようともめげることなく、長文で吐き出すますよ。ごめんなさい。

 

図解すごいメモ。

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仕事のスピード・質が劇的に上がる すごいメモ。

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超ノート術 成果を10倍にするメモの書き方

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人工知能との正しい付き合い方〜「出川哲朗を見習おう」

これからどうしよう? テレビから考えてみる
何食べる?と聞かれた。
「僕はうなぎ」と答えた。
 
とか、
 
「こんにゃくは太らない。」だから安心です。

とか、
 
日本人同士で普段通じ合っているこんな文章のことを、「うなぎ文」「こんにゃく文」というそうです。
 
 
最近精度がぐんと高まったと噂の、Google翻訳に闘いを挑んでみました。
 
すると、
 
「I am an eel」「Konnyaku does not get fat」と出ました。
 

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正直というか融通がきかないというか空気が読めないというか。
 
人工知能さん<略称:AI(エー・アイ)>さんは、省略された「注文します」「食べます」を読み取ってくれず、「AはBだ」を、そのまま「A is(=) B」と訳しやがった。ダメだね。
 
 
 
単語ごとの対訳から、ニューラルネットワークを活用した文脈把握に進化したとはいうものの、Google翻訳にとって「うなぎ文」「こんにゃく文」のハードルはまだまだ高そうです。
 
だからしばらく翻訳に当たっては、省略した主語述語を加えた、正しく訳してくれるであろう日本語文章をこちらから用意して上げる必要がありそうです。
 
 
 
こうした使い手からの歩み寄りを繰り返していくことで、クラウドデータがどんどんと収集分析され、AIさんは、<日本語の場合、何かを欲するときの「AはBだ」の中には、欲しい、食べる、注文する、選ぶなどの述語が隠されてるぞ>と学習し、正しい訳へと近づけていくのでしょう。
 
 
 
 
 
しかし!しかしですね、精度向上のために日本語入力の段階から歩み寄ってね、としても、そんなの関係ない!と強引に知っている単語のみでイングリッシュしちゃう人もいます。
 
 
その名は、出川哲朗さん。
 
 
『イッテQ』の「出川イングリッシュ」は、AIによる機械翻訳とは180度異なる路線での進化を遂げています。
 
 
空母を、スカイママ
国際連合本部を、ワールドホームセンター
(アルカトラズ)刑務所を、メニメニバッドマンスリーピングハウ
ホテルで部屋を予約する時は、ワンルームキーカモン
 
 
 
出川イングリッシュは、自動翻訳がまだ単語ベースで個別に訳していたAI黎明期以前のイングリッシュで、熟語であろうとなんであろうと(知ってる)単語に分解したり見た目の印象で表したりと、目茶苦茶です。
 
 
 
しかし!しかしですね。
 
 
テレビのこっち側で「バッカだなぁ」と笑っているうちに、出川イングリッシュは次第に通じていってミッションをクリアしていくんです。
 
最初は腹をよじって大笑いしていても、ふと気付いちゃうんです。あのようなコミュニケーションができない自分の愚かさにドキッとしちゃうんです。
 
 
 
こっち側ができなくて、出川哲朗ができること。
 
 
それは、恥を恐れず、しっかりと相手の目を見て堂々と教えてほしいという気持ちを全面に出して大きな声で話す、ということ。
 
文法間違ってたら発音違ってたら、そんな自信のなさからときおり目を伏せ小さな声で話す今までの自分の情けなさが、嫌になってきて落ち込みます。
 
 
 
この先、AIがどんどんと進化し、特定のことだけできる特化型AIだけでなく、人間のすること殆どができる汎用型AIが現れてくると、人間自身が何かをやる、てことが少なくなるでしょう。
 
 
AIは、ロボットは、失敗しません。
 
人間の代わりを、AIが、ロボットがしてくれるであろう近い将来、人間は「恥」をかく機会も少なくなっているかもしれません。
今だって恥かきたくないから、いろいろと繕ったりごまかしたりしているわけですから、「それはそれはありがたいね〜助かるね〜」
 
 
で、ホントにいいのかな、と。
 
 
 
 
 
 
出川哲朗出川哲朗にしかできません。
多くの人は真似ができません。やりません、じゃなくって、できません。
 
 
笑っちゃてるけど、あれはスゴイと思う。才能です。
 
恥をかくことを恐れる自分は、百歩譲って今からめちゃくちゃ努力すればオリンピック出場の可能性はゼロではないかもしれず、でも、でも、出川哲朗になれる可能性はゼロどころかマイナスであることを、自分自身が一番よく分かっています。
 
 
恥なんかなんのその、果敢に挑戦して失敗して笑いに転化させてくれる人たち。
 
【AIに勝つ】人間のなかに、出川哲朗さんをはじめとするリアクション芸人の方々は必ずいると思うのです。
 
身体を張って「人間」を楽しませてくれる、
自分をさらけ出して「人間」を勇気づけてくれる、
自分を題材にして可能性を見せてくれる。
 
 
そんな人たちこそ、AI時代に生き残っていける人間、では?
 
その予測を自分に当てはめてみると、こりゃヤバイな、と思う、今日このごろです。

 

 

未来を味方にする技術 ~これからのビジネスを創るITの基礎の基礎

未来を味方にする技術 ~これからのビジネスを創るITの基礎の基礎

 

 

人生は「劇場」だということに改めて気づかされました。又吉直樹「劇場」を読んで

本から考えてみる
演劇人が主人公だから「劇場」というタイトルだと思っていたけれど、いやいやそんな単純なものではなかった。
 
「第2図書係補佐」「東京百景」「火花」「夜を乗り越える」とずっと読んできて、さっそく「劇場」を。
一気読みの凄まじさ。えぐられました。

 

新潮 2017年 04月号

新潮 2017年 04月号

 

 

誰にでも自意識ってのはあって、それが度が過ぎることを自意識過剰というけど、過剰とまではいかなくても、自分にはそれがあることを意識せざるを得ない時があります。
 
演出家ディレクターとして仕事の場に立つときです。
 
いま、自分は、演出家を演じている、と、ふと冷静に客観的に自分自身を見つめてしまうのです。
 
 
演出という立場にとっての「劇場」のうえで、(内心焦っていても)ひらりと交わして動じない風に、(どっちでもいいんじゃないってことにも)こだわっている風に、(絶対このカット使わないカットにも)のめり込んでいる風に、演出家を演じている自分にときおりゾクッとする瞬間が訪れるのです。
 
だから、人生を、恋愛を、「劇場」化しているのではと思われる主人公に、友だちに絶対なれないけれど、親しみを抱いてしまいました。
 
 
さりげない情景描写、例えばほんの一例、
 
【僕はポケットに手を入れて歩く。手を出していると、手にどんな形をさせていればいいのかわからなくなるから】
 

 

なんてのは、普段そんなこと考えもしないけれど、なぜか「わかる」。痛いところを突かれた感が大きい。
そんな描写が散りばめられています。
 
 
ふとした瞬間に、いま自分って「劇場」に立っているのかもという自意識を感じてしまったことのある「あなた」、読んでみましょう。
 
この人はホンモノです。

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

 
東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

 

 

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 自意識過剰小説といえばこちらも

 自意識過剰者にとって生きるってことは「劇場」や「舞台」の上にいる感覚なのかも

舞台 (講談社文庫)

舞台 (講談社文庫)

 

 

橋がぐらんぐらん揺れ出す前にすることがある

これからどうしよう?
ずっと気になっていた雑誌があります。中国で発行されている、日本を紹介する「知日」という雑誌で、2011年の創刊から最新まで40号ほど続いています。

 

知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!

知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!

 

 

中国では600円ほどなのに、Amazonでは一冊2000円から3000円ぐらいします。しかも、というか当然中国語だから読めないやと諦めていたけど、日本語によるダイジェスト版がありました。
 
 
今までどんな日本が、特集として組まれていたのか。
 
ダイジェスト版(2011〜2014)に収められているのは、
奈良美智「制服」「猫」「鉄道」「明治維新」「妖怪」「森ガール」「断捨離」「暴走」「漫画が超好き!」推理小説「料理の魂」「日本人に礼儀を学ぶ」「雑貨」「手帳最高」などで、以降も「山口組」「喫茶店」「アイドル」是枝裕和などが特集された号もあり、多彩でかなり興味深いです。

 

知日?制服uniforms

知日?制服uniforms

 

 

知日・奈良美智

知日・奈良美智

 

 

知日  30?怪談

知日 30?怪談

 

 

 
 
中国には5年ほど前に一度行ったことがあります。北京や上海という都会ではなく、広州郊外の街だったけれど、それでも人口は名古屋と同じぐらいで、さすが13億人が住む国はハンパないです。
 
 
 
あれから5年、なんだか最近とても中国が気になります。
 
 
「知日」のまえがきで、神戸国際大学教授の毛丹青氏が書いています。
 
『知日を縦に並べると、智という漢字になります。中国の若者たちが、日本人の暮らしぶりを通じてその思想を知ることは、政治や経済だけでは絶対に得られない、大きな智慧をもたらすはずだ』
 
『日本をもっと知りたいという中国の若者がいる一方で、「中国文化なんて興味ない」という日本の若者もいる。この差は、5年10年を経た時、やがて大きな「知の格差」をもたらす可能性があります』
 
 
 
編集長の蘇静氏は、
 
『中国では、日本の事物を見て、なにかといえば「源は中国だ」と言い、そこから先、思考停止している人は少なくない。でも、よく考察すれば、中国から日本に到着した事物は、そこで変化を遂げて、独自の優れたものに進歩している』
 
『相手のことをよく「知」れば、人には自然とリスペクトする態度が生まれ、過激な行動には走らなくなる。そういう意味で「知る」プラットフォームを作り、育てていくことは、意義あることと思っています』

 

 
だから、反日でも親日でもなく、「知日」なんでしょうね。
 
 
 
 
日本のテレビや雑誌では、<日本って素晴らしい自画自賛系>が増えていて、外国人が「ニッポンクール!」とか言っていて、素直に嬉しくなっちゃうけれど、あまりに過剰に褒められすぎると、それはそれでホントかよ無理やり言わせてんなぁが見え隠れしてきて、あとで手痛いしっぺ返しがあるかもと逆に不安になってきたりもします。(とはいうもののそういう番組、結構好きで見ている)
 
 
オリンピックまではこうした傾向が続くだろうけれど、内に向かってばかりで外を知る機会がないと、懸命に外を知ろうとしている他の国々に簡単に追い抜かれちゃったりもするんだろうな。
てか、もう追い抜かれているのかも。
 
 
追いつけ追い越せは、順繰りなのかもしれません。
若い頃は、「POPEYE」や「Hot Dog Press」の影響で、アメリカ文化や音楽や映画にどっぷりで、日本のことを振り返ることもしていませんでした。むしろ、ダサいとあえて毛嫌いしていたところもあったような気もします。
 
 
 
でも年齢を重ねると不思議なもので、昔から継承されている伝統系や立ち居振る舞いや儀式的なことがとてもステキに思えるようになってきています。
これは単に年齢によるものなのか、それとも日本全体が内に向かっているためなのか、よく分かりません。
 
 
隣の、どっちかというと日本に対してよく思っていないという情報しか届かない国の、特に若者が「日本を知る〜知日」に向かっているのは、とても嬉しく感じるけれど、それに対して「どうだいいだろ」「教えてやるぞ」「よく学べよ」なんていつまでもアジアの先頭を走っている気であぐらをかいていると、この先、日本こそ「源は日本だ」と思考停止しちゃって先を見なくなってしまうのではと、冷静さも必要だなと思ったりします。
 
 
日本語で言う「愛国心」は、英語では「ナショナリズム」と「パトリオティズム」の2つがあるようです。
その違いがよく分からなく、辞書などで調べてみました。
 
ナショナリズム」は、政治体制や国家、民族など国が対象で、
パトリオティズム」は、その対象は共同体や郷土に焦点が当たっているようです。
 
なんだかわかったようなわからないような。
 
 
 
足並みを揃えて行進する軍隊は、橋を渡る時、リーダーの号令のもと一旦制止し、みんなバラバラに歩き出すそうです。
大勢が同じリズムで橋を渡ると、共振して橋がぐらんぐらん揺れだし、危険だからです。
 
 
最近話題の幼稚園の、モザイクかかった園児の歌や宣誓を見ていて、そんなことを思い出しました。あのまま歩き出すと、ただでさえ不安定な「橋」は、ぐらんぐらん揺れだしてしまうぞと。
 
 
 
「知日」は中国で10万部発行されています。
一方、反日デモには7万人集まるそうです。「知る」方が多いですね。
 
 
中国に詳しいジャーナリストの中島恵さんの文章にこんなのがあります。
 

『日本に来ることはタイムマシンで未来に来ること。未来で見聞きし体験したことを現在の自国に持ち帰って自国の発展に役立てる』

『かつて日本がアメリカのドラマや映画やや音楽や文学に憧れ、いつか追いつけ追い越せと努力したように、いつか中国は簡単に日本を追い抜いていくことでしょう。』

 

 

中国人の誤解 日本人の誤解 (日経プレミアシリーズ)
 

 

 

中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)

中国人エリートは日本人をこう見る (日経プレミアシリーズ)

 

 

 

 

愚か者、中国をゆく (光文社新書)

愚か者、中国をゆく (光文社新書)

 

 

謝々(シエシエ)!チャイニーズ (文春文庫)

謝々(シエシエ)!チャイニーズ (文春文庫)

 

 

「ラ・ラ・ランド」6部門受賞の今こそ見るべきミュージカル

映画から考えてみる
不覚でした。おそらくこんな内容なんだろうなと知った気になっていて、だから、今さらいいや、と遠ざかっていました。
細切れに触れてきた記憶から勝手な想像が創り上げられていて、なぜだかその映画は、いつかどこかで観た映画リストの隅っこで冬眠状態となっていました。
 
そしていま春が来て、目覚めたのです。
 
「ラ・ラ・ランド」アカデミー賞6部門受賞の今、告白します。はじめて観ました。
 
 
え〜観てなかったの〜ダメでしょ。はい、皆まで言うな、わかっています。観ていませんでした。だからいま猛省しているのです。
 
 
 
今まで、生涯の映画トップ3は「冒険者たち」「ローマの休日」「ペーパームーン」でしたが、ここへ来て「サウンド・オブ・ミュージック」が浮上です。
 
 
なんとまあ、大傑作ではないですか。この素晴らしき作品にン十年も触れずに過ごしてきたことは、小学生の時ピアノ教室を一週間で辞めてしまったことと並ぶ、後悔です。
曲だけはよく知っている<主題歌><ドレミの歌><エーデルワイス>他にも名曲がいっぱい。
<ドレミの歌>のシーンなんか、その躍動になぜか涙ぐんだりもして。
 
そしてそして、「ああ、いい音楽だな」と思っていたJR東海のCM「そうだ 京都行こう」の曲が、この映画の<私のお気に入り>という曲だったなんて、知らなかった、知ってよかった、誰か教えておいてくれよ、です。
 
 
なによりもこの映画、ただ楽しいだけのミュージカルじゃないってことに驚きです。
ナチスの足音が忍び寄ってくる時代のオーストリアが舞台で、歌い踊る日常を脅かす不気味さへの抵抗を背景としていたなんて。オーマイガッ。
 
 
この世界の片隅に」が、戦時中にもかかわらず、何でもない日常を繰り返すことの大切さを描いていたように、「サウンド・オブ・ミュージック」も、歌うことを通じて得られる日常の輝きを、押し付けがましくなく描いています。
 
 
知ってるつもりで知らなかったことの数を少しでも減らそうと心がけていても、毎日押し寄せてくる新しい情報の処理に時間を取られ、どうしても後回しになってしまいます。そのうちに、<知ってるつもりで知らなかったこと>は、厚みを増してもう掘りおこせないほど凝り固まっていってしまうのです。
 
 
そうならないうちに、「今」と「過去」をときおり行ったり来たりしながら、「今さら」と遠ざかっていた数々のなかから、宝物を掘りおこしてみようかななんて、ぼんやり、思っています。

女性部下を持つ男性上司よ、サムを知ってるか

これからどうしよう? ニュースから考えてみる
男性の多くは、サムのことを知らない。サムがどれだけ猛烈なパンチを女性たちに繰り出しているかを想像できない。
 
サムについて言葉に出来ず、もしも言葉にしてしまったら、今までどおり仕事を任せてもらえなくなってしまうのでは、仕事を犠牲にしてしまうのではと、孤独に戦う女性が、すぐ隣にいるかもしれないことに男性陣は気づかない。
 
 
フリーランスになって、部下なるものと縁がなくなって20年以上が経ちました。
会社員時代に直接的な女性部下はいなかったけれども、同じ会社で働く女性たちに、サムなるものとの戦いがあっただなんて(知識としてはあったけれど)全く思いを馳せることもなく、鈍感でした。
 
 
映像業界の、特に撮影現場では、肉体的にも勤務時間的にも、女性と男性の間に差はありません。女性だから早く帰る、重い荷物を持たせない、はありません。
多くの女性スタッフが、男性と同様に、朝早くから夜遅くまで飛び回り、重い荷物を持ち、ぱぱっとご飯かっくらって不規則な時間を過ごしています。
 
 
一億総活躍社会とかなんとか。
こういった記事ひとつをきっかけに、これから言葉にする女性が増えてくるかもしれません。
誰か一人の、こんな勇気ある行動が、案外と社会をころっと変えるきっかけになるのかもしれません。
 
 
だから男性陣、特に女性部下を持つ者は、いつ何時言葉にする女性が目の前に現れても、うろたえることなく、適切に対応できるように、組織なりの、自分なりの答えを用意しておかなくてはいけませんね。
 
 
会社員でもなく、上司も部下もいないフリーランスの言葉に説得力はないかもしれませんが、ホント社会はどんどんと進化しています。
 
最近は、工事現場とか電車の運転士とか、男性しかいなかった現場で女性がどんどん活躍し始めています。そういう現場で、男性上司は「サム的」なことにどう対応しているんだろう。

名古屋のプレミアムフライデーは、これだ!

これからどうしよう?
え、明日からプレミアムフライデーだってぇ?笛吹いてどんだけ踊るか知らないけれど、名古屋でもやるの?名古屋は同じことやっちゃダメでしょ。
名古屋は限定で「プレミアムえびフライデー」にして、魅力ゼロ都市からの脱却を図らなくちゃ。

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それにしても、「うち、プレミアムフライデーだからあとよろしく」的にフリーランスや下請けにしわ寄せが来ちゃったら、プレミアム犠牲フライデーになっちゃうな。

 

ミャー iPhone6Plus ケース 食品サンプル 名古屋めし エビフリャー

ミャー iPhone6Plus ケース 食品サンプル 名古屋めし エビフリャー

 

 

うちのネコの技に名前をつけてみたけど、いつでも襲ってこい、のウエルカムだねネコはやっぱり

これからどうしよう?

こんな本が出たそうで。

 

「のら猫拳」ですと。

withnews.jp

 

のら猫拳

のら猫拳

 

 

 

 

 

まあ、なんともネコってやつは人生を楽しませてくれるものだこと。

  

 

 

我が家のネコも日々攻撃を仕掛けてくる。負けるもんか。

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こんな楽しい戦いはありません。

 

にゃんたま

にゃんたま

 
ねこのおてて

ねこのおてて