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「地震なんかないよ」はひょっとして地震じゃなくって

業界に入りたての頃からしばらくの間、企業ビデオのイメージシーンのひとつに街の風景なんてのがよくありました。

名古屋の場合、栄の交差点あたりで行き交う人たちの様子を撮影して、「時代とともに人々を見つめ豊かな明日を築いていきます」なんて当たり障りのないナレーションを添えたりしてね。

 


でも最近じゃ、人並みを撮るのは避けがちです。

肖像権・人格権とやらがうるさい(と思い込み)、顔やナンバープレートがはっきりとわかる絵をそのままじゃ使えなく(使わなく)なってきました。フォーカスをぼかしたりモザイク入れたり顔が映らないアングルを探ったりと、編集の段階で逃げ道を作ったりします。


ニュースの場合は公共性が高いとかで肖像権の侵害にあたらない、らしいです。

 

ちょっと古い話ですが、昨年2014年5月ネット上で話題になったニュース映像があります。

地震地震なんかないよ」

東京で震度5の地震があった朝、表参道からの中継映像です。ほろ酔い気分の女性がたまたまのカメラに向かって、上の台詞を威勢よく叫ぶってやつです。

地震があったからといって必ずしも街は混乱しているとは限らず、彼女の反応もひとつのリアルだから別にそれはそれでいいのですが、なぜにあんなにもシェアされまくっているのか。


(多分)朝帰り、若い女性、ちょっと可愛い、仲間といい気分という、世の男性たちが興味と羨望を自然と抱く要素がまずそこにはありました。


で、そこに加わった違和感。


大きな地震が起きると、多くはまずテレビ(NHK)を点けます。震源は?震度は?被害は?

大体の例でいうと、揺れる定点カメラやテレビ局フロアのカメラの映像や交通情報、ガラスが割れた石垣が崩れたの情報が伝えられるのですが、真っ先に飛び込んできたのが、ほろ酔いの「地震なんかないよ~」の脳天気リアクション。ま、なんともほんわかなんでしょう。


おそらく、カメラマンもスタジオも視聴者も、この「震度5なのにほんわか」に圧倒され身動き取れなくなってしまったのでしょう。

だって、普通こういう場合、カメラマンは、こりゃ違うなと、とっさに被写体からレンズをそむけると思うんだけど、けっこう長い間「地震なんかないよ」集団を映し続けていたから。

それにしても、こんなの企画してできるものじゃないし、人はなにに心動かされる(引っかかる)かも想定できないし、偶然が生みだす力ってスゴイなぁって改めて思いました。


でも、ひょっとしたら彼女…こんなことも考えてしまった。



通販会社のカスタマーセンターで働いていたが、クレームに謝っているばかりでストレスが溜まっていた。

私の夢はエシカルな仕事で社会に役立ちたいんだ。

で、夢が叶い、今年の夏からフェアトレード事業に関わることになった。

そのお祝いの飲み会があって、盛り上がり朝になってしまった。


始発で帰るという彼女に向かって仲間たちは「頑張れよ」「応援してるよ」「お前ならできる」と声をかけるが、新しい旅立ちにつきものの二つの要素が彼女のなかでは渦巻いていた。

 

それは、期待と不安。


だから彼女は思わずこう叫んでしまったのだ。


「自信なんかないよ~」


そんなタイミングだったのかもしれない。



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