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比べてニッサン、のCMに学ぶ思考停止からの脱却法

歯がない。
たまたま見たCMの、子どもの笑顔にぶっ飛びました。
 

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このくらいの年齢の子どもなら全く不自然じゃなく微笑ましいのですが、CMという世界で目にすると「どうして」となってしまうのは、今まで制作上こうした選択を当たり前のように避けてきたからなのでしょう。
 
 
オーディションでもよく出会います。ちょうど生え変わりの年齢で数本歯が欠けている子どもたちと。
 
大体においてCMの場合、子役に求めるのは、無垢な笑顔、ってやつですから、めちゃくちゃ笑顔が可愛く候補に残ったとしても、最後の最後に乱杭歯的要素でマイナス差をつけ、「ごめんなさい」とすることがあります。
もしくは、
差し歯を用意して撮影に臨みます。
 
 
 
で、このCM。
彼女でなければならなかった理由があったのかもしれない。だったとしても差し歯ぐらいはするだろう、と思う。
 
だから、あの思いっきり口を開けた笑顔は、衝撃でもありました。
今まで撮ったことのない、見たことのない笑顔があったからです。
 
 
 
別に「CMの笑顔は歯並びが良くなければならない」なんてルールも法則も先輩からの教えもないのに、この年齢の子どもならば自然で当たり前なのに、クライアントが嫌がるだろうなとか視聴者の印象悪いだろうな、と先回りして避け、「ない」ものと決め込んでいたところがありました。
 
 
 
と考えていて思い出したのが、森達也オウム真理教教団内部を取材したドキュメンタリー映画「A」「A2」です。

 

A [DVD]

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「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)

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森は「どうしてオウムの内側を撮れたのですか」と聞かれ、正式に取材依頼を出しただけ、と答えています。
つまり依頼したのが自分だけ、だっただけで、他のメディアは許可が取れないだろうなと決め込んで誰もオファーしていなかった、と。
 
他にも森達也は、権力からの禁止命令などないのに自主規制によって生まれた「放送禁止歌」を扱った作品も手がけています。
 
ともにテーマは「思考停止」
 
 
 
 
「CMの笑顔は歯並びが良くなければならない」という思い込みの根底には、「思考停止」があったんだろうか。
いやいや停止せず思いっきり考えてるよ、と言い返します。
 
どうしたら面白くなるか。どうしたらきれいな絵が撮れるか。どうしたら目を引くか。どうしたら好感を持ってもらえるか。などなど。
 
 
そして同時にもうひとつ。
 
アレは試写時なにか言われそうだからコレをエキストラで撮っておいた方がいいな、コンテ通りだと分かりにくいから構成変えたBタイプも編集しておこう、とも。
 
 
 
一応やっているその「考える」は、狭いフレームの範囲内に限ったことだけで、しかも後ろ向きの「なにかあった時の」逃げ道でもあったりして。
 
例えばめちゃくちゃカワイイ笑顔を見せる子どもと出会い、この子を起用すればCMに力が加わる、と確信したとしても、思い込みを捨ててまで熱意を伝える「考え」の居場所はそこになかった。
熱が沸騰する前に危ないからと火を停めてしまっていた。
 
 
 
 
 
ローカルで広告の仕事をしていると、当然のことながら予算に限りがあり、壮大なロケーションやCGやタレントなんかとは無縁です。
悲しいかな予算いっぱいビッグCMを見ても、同じ業界といえども全く別物と捉えていて、どうせ無理と、嫉妬さえも覚えなかった。
 
 
でも、「歯の抜けた女の子の笑顔」的な試みは、あり得るのだ。身近なのだ。
 
 
あり得るを「ある」にするには、もっともっと考えなくてはいけない。考えるだけじゃなくそれをコトバにしなくてはならない。届くコトバに変換しなくてはならない。
 
 
だからとりあえず知りたい。
このCM制作者が、「歯の抜けた女の子の笑顔」的な試みをカタチにするためにどんなコトバを紡ぎだしたかを。
 



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