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「スマホやめますか」いえ、こう使います

 
スマホやめますか信大生やめますか。
そう言われると、どちらにする?選べ!と究極の選択を迫られている印象だけどそんなことはまったくありません。
見出しだけ見ると、年寄りがまたスマートデバイスを批判してるな困ったもんだ、で終わってしまうけれど、この件は学長式辞全文およそ4000字のなかの、120字ほどの言及を切り出したに過ぎないのです。
 
 
スマホか信大生に至るまでの流れをざっくりまとめると、
 
知識の量が必要だった受験が終わってこれからは、正解のない問題を解くという知識の質が問われる。
そのためには自分で考えることを習慣づけよう。そこから個性が生まれる。
自分で考えるには、じっくりと時間をかけることが必要だ。時間的にも心理的にもゆとりを持つことが必要だ。
信州大学はそうしたゆっくりと考えるにふさわしい環境がある。
でもしかし、
 
と、ここで登場するのが例の件です。
 
 
スマホやめますか、それとも信大生やめますか。スイッチを切って、本を読みましょう。友達と話をしましょう。そして、自分で考えることを習慣づけましょう。自分の持つ知識を総動員して、ものごとを根本から考え、全力で行動することが、独創性豊かな信大生を育てます。」
 
 
これだけです。
ここから先話題は寮歌と学生歌に移っていきます。お前らどっちにする!なんて学長は決断を迫ったりはしていません。
 

 

たしかに「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」と言った。
でもそれがすべてではない。
その、切りだされてひとり歩きしたコトバだけで判断してはいけない。暴論だと思ったり疑問や違和感を感じたら、原文にあたり、同意するか否かを自分で考えなさい。そう言っている気がします。
入学式だから信大生に向けたコトバだけど、むしろ学長が向けて言いたかった対象は、一部だけを切り出して報じるニュースやワイドショーなんじゃないでしょうか。
 
 
ただひとつ気になるのは、学長はやはりスマホタブレットなどスマートデバイスを消費や受け身の道具としてしか認識していないのでは。
ゲームをやったりSNSやったり、見た目時間を無駄に過ごしている姿しか目にしていない、というか実際にスマートデバイスに向かっている姿だけでは、創造的な行為をしているか消費的な行為をしているかわからないからすべてを時間つぶし的な行為としてしか見ていないのではとも思えます。
 
 
私にとってスマートデバイスはもはや必需品です。どこ行く時でも欠かせません。その使用頻度の多くは仕事に関することです。自分は個人的にまったくゲームをやらないから(タブレット以外でも)、タブレットは消費・受け身よりも生産・創造の比率が高いです。
 
なかでもEvernoteは必須です。
900近いノートの8割が、いつか仕事に役立つかもしれない情報がおさまっています。
ウェブ上で見つけた気になる記事、アイデア・ヒント、発想、本からの引用、データ、オピニオンがずらっと保存されています。随時見返し読み返して、いつか訪れる提案のために準備しています。
 
 
要は使い方。
スマートデバイスを通じて届けられる情報をそのまま受け流すのではなく、一旦自分のなかで消化せよ、アウトプットに結びつけよ、てことですね。
 

 

アウトプットのスイッチ

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