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ビートルズのいない20世紀って。「アナザーストーリー運命の分岐点・ビートルズ旋風初来日 熱狂の103時間」を見て。

テレビから考えてみる
ビートルズのいない20世紀。
それはネコのいない我が家と同じくらい寂しく物足りない。
 
NHKBSで放映された「アナザーストーリー運命の分岐点・ビートルズ旋風初来日 熱狂の103時間」は、1966年のビートルズ来日を、関わった様々な人の視点から振り返るドキュメンタリーでした。
 

www4.nhk.or.jp

 
登場したのは、はじめは断ろうと思っていたプロモーター(故人)の秘書、密着を許された駆け出しのカメラマン(浅井慎平)、警備を担当した警視庁警備リーダー、レコード会社のプロデューサーたち。
当たり前だけど、今は皆70歳代から80歳代の高齢者になってしまっている。
 
 
どの人の話も興味深かったけれど、当時34歳の警備担当の話はおもしろかった。
 
武道館の下見に来た時出会った、少女のひと言が警備方針を決定した。
彼女いわく「足の一本くらい折れてもいい。ステージに飛び上がってキスする」と。
このひと言が決め手となった。
 
 
警備方針は、「女子の安全を守る」
 
皇室や国賓以外では使わない白手袋を警察官に着用させ、治安警備でもないでも警備でもない「崇高な警備」を目指し達成させた。
 
 
警備リーダーは、49年後の武道館に佇み当時の警備を振り返ります。
 
「ちょっと抑えこみすぎだったかもしれない。ビートルズのメンバーは観客らに興奮を呼びかけるが、それに応える術を我々が封じ込めてしまって、残念そうな表情を見せていた。やり過ぎだったかもしれない」
 
 
でも、警備リーダーはその後のビートルズのインタビューで救われる。
 
日本公演の後向かったフィリピン・マニラ。空港での警備はひどく大混乱で、ビートルズは恐怖さえ感じたという。そして語った。
 
「日本は素敵だった。出会った人すべてが素晴らしかった。東京は良かった」
 
 
 
 
番組は最後にポール・マッカトニー日本公演の会場前で取材をしている。
そこには「49年前武道家に行きました。18歳でした」と答える今現在60歳代後半のおばあさんたちがたくさんいました。JohnとかPaulと書いたTシャツを着て。
 
 
自分がビートルズにはまったのは、もう解散してしまった後の70年代以降だから、リアルタイムの熱狂はほとんど知りません。
身近にも「武道館に行った」という現高齢者の方もいません。
でも、こちらから聞かないだけで、相手も言わないだけでビートルズに黄色い声をあげていたおばあさんたちはきっとどこかに、身近にいるのでしょうね。
知らないだけで、母親や祖母の影響でビートルズが好きになった若い人たちもきっといるのでしょうね。
たしかに自分の息子も自分の影響で一時期ビートルズにハマっていた。まだ授業でABCも習わない時「ヘルプ!アイニーサンバディ」とか「アイワナホーリョハン」なんて叫んでいた。
 
 
番組は最後にこんなナレーションで締めくくっていました。
「自分の子供や孫たちもビートルズを聴いているなんてあの時誰が想像したんだろう」
 
 
流行も、長い歳月を経ると「伝統」的なものに変わる。
 
 
「アナザーストーリー運命の分岐点・ビートルズ旋風初来日 熱狂の103時間」は、6月16日(火)午後11時45分からNHKBSで再放送があります。お見逃しなく。
 

 

写真集 ビートルズ イン ジャパン 1966

写真集 ビートルズ イン ジャパン 1966

 

 

気分はビートルズ (角川文庫 緑 541-1)
 

 



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