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東北に親戚も知り合いもいない身として3.11にできることはせめて数字から想像することだけかもしれない

これからどうしよう?
地元中日新聞の場合、毎月10日前後の朝刊に掲載されています。
気づいた去年の11月からの切り抜きを改めて見てました。
 

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死亡者数は、この5ヶ月で1名増えています。
不明者は、6名減っています。
 
5年経って不明者が減るってどういうことなんでしょう。行方不明、ではないから「見つかった」「生存が確認された」ということではないようです。
今まで分からなかったことが明らかになった、ということなんでしょうね。
 
ずっとどこの誰か分からなかった、例えば遺体があったとして、5年経ちDNA鑑定などの結果、身元が判明したということなんでしょう。
 
つまり、「もしかして」という希望がついえてしまった、を意味しているのかもしれません。
それにしても5年経った今でも不明が、2561人もいることに改めてショックです。
 
 
切り抜きはここ5ヶ月しかありませんが、2012年にもこの記事の死亡数だけをメモしていました。
 
2012.1月死亡15844人
 
2012.2月死亡15846人
 
2012.3月死亡15854人
 
2012.4月からから2015.10月までの間はありませんが、この4年で死亡が40名増えていることがわかります。
 
 
遠く離れた愛知県にいると歳時記のように新聞やテレビを通してでしか思い出せなくなっています。
 
 
広島原爆祈念日が近づくと想い出す、
 
【「イロシマハ ナツノキゴカ」と問ふサラに冬には詠まぬ我れを恥ぢたり】
(小川真理子)
 
という短歌のようです。
 
 
 
東北に親戚も知り合いもいない身としては、3月過ぎちゃえば思い出すこともなく、思い出す機会があったとしても、思い出すだけでなにか行動に移すわけでもないのが正直なところでと反省しつつ、せめてこの日だけ数字の背後にある物語を想像するしかありません。