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桜を見ると想い出すドキュメンタリー「津波そして桜」~桜を見て語るコトバを持てないちいさな自分

これからどうしよう?
「桜」という字をじっと見ていると、背の小さな女性があまり乗り気じゃない男性を「ねえ花見に行こうよ~」と誘っている風に見えてくるとか。
 
同じものでも、ある人にとっては違うものに見えてくるから不思議です。
 
 
普段は近所の川沿いか図書館前の桜しか愛でないのに、今年は仕事で桜を満喫しました。東に西に北にと3年分ぐらいの桜に会いに行きました。

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で、桜に触れると思い出す映画があります。
 
 
ルーシー・ウォーカーというイギリス人監督の「津波そして桜(the tsunami and the cherry blossom)」です。
 

アカデミー賞の短編ドキュメンタリー部門にもノミネートされた、とても心染み入る作品です。
ナレーションは一切なく、インタビューで構成されています。
前半は、津波被災者の方々が、あの時の恐怖、悔しさ、無念さ、そしてこれからを語り綴っていきます。
ところどころ挟み込まれる津波映像と変わり果てた街の客観的な映像はいま見ても辛いです。

 
 
被災地の老夫婦が、桜を表現すると?と聞かれ、メモ用紙に「優雅」という熟語を書きました。
そして「あ、そういえば庭に一本残ってた」とほころびかけた桜の蕾へとカメラを誘います。
 
 
 
ここから後半。ポイントが桜に移っていきます。
映しだされていく桜は、被災地だけでなく、日本各地のものでしょう。京都の桜守・佐野藤右衛門さんもインタビューに答えていましたから。
 
 
 

花吹雪 花筏(はないかだ) 零れ桜 桜流し 花筵(はなむしろ)……さまざまに言い表される桜の多彩をとらえた映像は、鮮やかでありながらも透き通るように淡く美しく、なによりもそんな桜の下に集い、見上げる人々の表情がいい。桜について語る言葉がいい。
 


「桜を見ると切なくなる。出会いと別れを思い出すから」
「満開の桜の下で結婚式の写真を撮った」
 

といった思い出から、
 

桜を愛でるとき、楽しんでもいい、苦しんでもいい、どんな人にでも桜はそこにある」
「リズムを崩さず前に前に運んでくれる、それが桜」
「咲いてもいい散ってもいい。散ることは淋しいことではない」
といった深みのある言葉まで、桜は日本人を雄弁にさせる力をも持っていることに気づきます。
 
 
 
美辞麗句を並べたナレーションでまとめず、こうした語りを重ねて終わっていくこの作品は強い印象を残してくれました。だから、毎年桜を見ると思い出してしまうんです。
 
 
 
5年前のあの悲劇とは縁遠い地でノホホンと暮らしている自分からしてみたら、桜は多くある花の一種の桜でしかなく、散り際も美しいその儚い命になにかを託して想いを巡らせることなどありもしませんが、同じ桜でも観る人によってはその与える意味は大きく異なるのでしょう。
 
 
「桜は私たちよりも強い。海水にやられても、春になったらまた咲く」
 
「桜がそこに咲き続ける限り、諦めない、頑張る、復興する」
 
 
映画の中に登場する被災地の方が語るそんなコトバの数々は、遠く想像するだけの頭からは、到底生み出すことなどできません。

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