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1992年のボブ・ディランに教えてもらった「どれだけ」への対処法

同世代でもなくそれほど心酔していたわけでもないから、一報を聞いても、風に吹かれて飛んでしまうほどの感慨でした。
 
でもこんな自分にも、過去一度だけかなりボブ・ディランを意識した時期がありました。
1992年のことです。めっちゃハマったドラマがありました。野島伸司脚本の「愛という名のもとに」です。(24年前!)
愛という名のもとに DVD-BOX

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愛という名のもとに (角川文庫)

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この「青春!」ドラマの中で、登場人物たちはディランの「風に吹かれて」の歌詞を、繰り返し繰り返し朗読していたのです。
 
どれだけ歩いたら人として認めてもらえるのだろう
いくつの海を超えたら、鳩は砂地で安らげるのか
友よ、その答えは風に吹かれている

 

フリーホイーリン・ボブ・ディラン

フリーホイーリン・ボブ・ディラン

 

 

「風に吹かれて」は、もともとアメリカ公民権運動を歌ったものらしいのですが、ドラマがオンエアされていた年は、なんたって翻弄されたバブルから目が覚めたばかりの、寝ぼけまなこの時代。
元のメッセージなんか知る由も寄せる思いもなく、「愛という名のもとに」の登場人物たちの心象を代弁したものとして届き、妙にジーンときたことを覚えています。
 
 
 
政治家である父親の秘書を勤める主人公は、父親汚職を知り、悩んだ末内部告発します。
 
証券会社に勤める登場人物のひとりは、成績が悪く要領も悪く上司から罵倒され、最後には自殺してしまいます。
 
他にも、不倫だのじゃぱゆきさんだのいろいろありましたが、みんな人から認めてもらうために歩き続け、砂地で安らぐために海を超え続けていました。
 
 
 
 
ちょうど自分も、その頃は演出として、何本か作品を手がけていた頃で、
どれだけ上司の無理難題に耐えれば、
どれだけクライアントの我儘に作り笑いをすれば、
どれだけこれが自分のホントにやりたいこと?と自問すれば、
どれだけ睡眠を削れば、
どれだけプレッシャーと闘えば、
人として認めてもらえるのだろうか。
 
なーんて不貞腐れながらも自分に風が吹いてくるのを待っていました(とはいえい、正直今となっては忘れてしまったけれど、だったと思う。と、そんな程度の「どれだけ」だったのかもしれません。あくまでも今思えば)
 
 
だからといって、「どれだけ」もいま我慢すれば必ず答えが風に乗ってやってくる、なんて無責任なことはいえません。
 
「どれだけ」に対する耐性が人によって異なるからです。
 
いま面している「どれだけ」がどんなに苦しくても、「どれだけ」の先にかすかに見えるかもしれないものが明るい、と信じられる仲間や環境やコトバや希望があったならば、おそらくそれを信じて耐えきれるのでしょう。
 
でも多分、最近ちょっと話題の「彼女」にとっての「どれだけ」は、永遠で無限で想像をはるかに超えたものだったのかもしれません。
だからいつやってくるかわからない答えを待つよりも、命を絶つ、を選んでしまったのでしょう。
 
 
 
 
 
 
ところで、ノーベル賞は今でこそ権威ある賞ですが、もともとノーベルってダイナマイトを発明した人。
ノーベル賞誕生の背景には、こんなエピソードがあるとか。
 
ノーベルのお兄さんが亡くなった時、新聞社が兄ではなくノーベル本人が亡くなったと勘違いし、ノーベル自身の死亡記事を新聞に掲載してしまいました。
 
その死亡記事には「死の商人、死す」「大勢の人物を殺害する方法を発明し、富を築いた人」と書かれました。
 
誤報だけどその評価が自分の真の評価だと気づき、ノーベルは、なにくそふざけんじゃない、とノーベル賞を制定したとか。
 
世界ってほんの小さなこと、例えば誰かの勘違い、でガラッと行き先を変えてしまうことがあるようです。
だからひょっとしたら、永遠で無限だと諦めていた「どれだけ」も、ひょんなことをきっかけに、すぐ隣りから「お待たせ〜」と顔を覗かせてくれるかもしれません。から。
 
 

 

アルフレッド・ノーベル伝―ゾフィーへの218通の手紙から

アルフレッド・ノーベル伝―ゾフィーへの218通の手紙から

 

 誤報の逸話が載っています

PK (講談社文庫)

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