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昭和の心優しきナンパ学生たちよ、「ラブアタック」は竹取物語だったのね

テレビから考えてみる

40代から50代の方々よ、関西ローカルで始まり、のちにネット放送となった「ラブアタック」という番組を覚えているだろうか。

 

毎回かぐや姫と呼ばれる女性(多分女子大生)が登場し、そのかぐや姫への愛の告白権利を得るために、数名の男子学生がいくつもの過酷でアホらしいゲームを勝ち抜いていくという視聴者参加番組だ。

 

ラブアタック! - Wikipedia

 

液晶でもなく有機ELでもないブラウン管の中では、意味も羞恥もものともしない若者たちが一心不乱に、時おりカメラを意識しながら走り回っていた。

 

 

可愛く魅力的な女子学生がかぐや姫の回では、男子学生らは生物的本能をむき出しに、文字通り「雄」となり、かぐや姫に突進していた。

 

キャンパス内で振り向きもされないレベルの女子学生がかぐや姫の回もあった。そんな時でも出場者らは、運が悪かった、なんて顏を見せることなく、かぐや姫の自尊心を傷つけないよう、サービス精神旺盛にゲームに取り組んでいた。

 

ああ、なんて心優しき昭和の男子学生よ。

 

 

当時10代後半から20代前半だった私は、こうしたかぐや姫を巡る争奪戦、という図式になんら疑問も関心も抱かず、ただのエンタテインメントとして楽しんでいた。

 

 

 

 

で、時は流れ、30年。最近ふとしたことで「竹取物語」の現代語訳を読んでみた。

 

なるほど!「ラブアタック」におけるかぐや姫という名称が、あらためて腑に落ちた。

 

 

 

竹取物語」は「ラブアタック」だったのだ。

 

 

 

竹取物語」といえば、竹から生まれたかぐや姫がロマンチックに恋をして、生まれ故郷の月へと変える悲恋物語だと思い込んでいた。

 

大筋は間違いではない。が、ディテールが少々異なっていること気づいた。

 

 

かぐや姫ははじめ恋に恋する女性ではなかった。

 

むしろ逆に言い寄る男たちに「わたしを落としたかったら、***を手に入れておいで」と、超難問課題を言い渡すお高い女だったのだ。

 

そんな無理を言う女だからこそ、なんとか手に入れたいと願う5人の挑戦者は、ことごとく失敗し、滅んでいく。

 

 

さて、最後にかぐや姫に求愛できるのは誰か?

 

かぐや姫は最後まで恋する心を知らずに月に帰っていくのか。

 

そもそもなぜかぐや姫は、月の国から人間界に下りたったのか。

 

私を含めた多くの世間が思い込んでいるほど、「竹取物語」はロマンチックでもなんでもない。

 

女を手に入れるためならと、あらゆる手段で愚かな行動を続ける男たちの挑戦紀、という側面もあったのだ。

 

 

そう、繰り返すが、「竹取物語」は、平安版「ラブアタック」なのだ。

 

竹取物語」をはじめとする昔物語は、子どもたちにも読み聞かせができるようにと、都合よくアレンジされて世に伝わっているものが多い。

 

あらすじだけを聞くと、ファンタジーで微笑ましくても、全文に触れてみると、おや?と思う内容が込められていることに気づく。

 

「桃太郎」が退治した鬼ってホントに悪物だったのか?

 

こぶとりじいさんの「こぶ」ってなんの象徴なの?

 

40歳をすぎるといまさら昔物語なんて、となる。

 

竹取物語」と聞くと、ああ、竹から生まれたかぐや姫の話ねと、ただそれだけで納得完結して、先へと進む努力をしなくなる。

 

ああ、知ってる、聞いたことある、でもなんだっけ。

 

語れないのだ。説明できないのだ。

 

知識という名のほんの薄い水面を泳いでいるだけで人生を全うしていく、水たまりのミズスマシと同じである。

 

広く浅く万遍なくのジェネラリストから、深く確実な知識を持つスペシャリストへと、そろそろ意向していく必要性を感じてしまう今日この頃である。

 

しかし、「竹取物語」の詳細な内容を知った上で、かぐや姫というネーミングをつけたとしたなら、「ラブアタック」企画者はなかなかの文学愛好者と見た。侮れないぞ、バラエティ。

 

竹取物語(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)

竹取物語(全) (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス)