読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生は「劇場」だということに改めて気づかされました。又吉直樹「劇場」を読んで

演劇人が主人公だから「劇場」というタイトルだと思っていたけれど、いやいやそんな単純なものではなかった。
 
「第2図書係補佐」「東京百景」「火花」「夜を乗り越える」とずっと読んできて、さっそく「劇場」を。
一気読みの凄まじさ。えぐられました。

 

新潮 2017年 04月号

新潮 2017年 04月号

 

 

誰にでも自意識ってのはあって、それが度が過ぎることを自意識過剰というけど、過剰とまではいかなくても、自分にはそれがあることを意識せざるを得ない時があります。
 
演出家ディレクターとして仕事の場に立つときです。
 
いま、自分は、演出家を演じている、と、ふと冷静に客観的に自分自身を見つめてしまうのです。
 
 
演出という立場にとっての「劇場」のうえで、(内心焦っていても)ひらりと交わして動じない風に、(どっちでもいいんじゃないってことにも)こだわっている風に、(絶対このカット使わないカットにも)のめり込んでいる風に、演出家を演じている自分にときおりゾクッとする瞬間が訪れるのです。
 
だから、人生を、恋愛を、「劇場」化しているのではと思われる主人公に、友だちに絶対なれないけれど、親しみを抱いてしまいました。
 
 
さりげない情景描写、例えばほんの一例、
 
【僕はポケットに手を入れて歩く。手を出していると、手にどんな形をさせていればいいのかわからなくなるから】
 

 

なんてのは、普段そんなこと考えもしないけれど、なぜか「わかる」。痛いところを突かれた感が大きい。
そんな描写が散りばめられています。
 
 
ふとした瞬間に、いま自分って「劇場」に立っているのかもという自意識を感じてしまったことのある「あなた」、読んでみましょう。
 
この人はホンモノです。

 

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)

 
東京百景 (ヨシモトブックス)

東京百景 (ヨシモトブックス)

 

 

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 自意識過剰小説といえばこちらも

 自意識過剰者にとって生きるってことは「劇場」や「舞台」の上にいる感覚なのかも

舞台 (講談社文庫)

舞台 (講談社文庫)